先日親族で集まった時の話。たまたまその地の近くでの出張も重なっていた妻が、出張先で行うプレゼンの練習を親族の前でしていた。これを観た30代半ばの親戚(製造ライン勤務の男性)が「プレゼンってこういうものなんだね。僕はプレゼンなんてやったことがないから新鮮だった」と述べていた。この言葉がとても印象に残った。
いわゆる総合職の仕事は、プレゼンそのものであると言っても過言ではない。営業であれば客先に、社内であれば上位の人に、研究職なら研究成果を周囲や学会に対して、何らかのプレゼンや稟議をして意思決定を促す。こういう職場では、30代半ばにしてプレゼンと縁がない人間は存在しない。
親戚の彼のコメントは、世の中には、プレゼンを生業にする人と、プレゼンとは関係なく、自分に割り当てられた仕事を淡々とこなす人がいる、というギャップが明確に現れたものだと捉えた。
彼の仕事はメーカーの製造現場の技能職である。シフトによっては夜勤もこなしながらものづくりをする。欠勤した際のアウトプットはゼロなので、非常に肉体に依存した仕事と言える。
唐突だが、金持ち父さん貧乏父さんのキャッシュフロー・クワドラントという本に、仕事のスタイルと収入の得方を整理した4象限のマトリクスが出てくる。これは主としてビジネスオーナーや投資家と一般的なサラリーマンを対比したものだが、今回のエピソードは、一口にサラリーマンと言ってもその対価を得る方法の肉体への依存度に大きなギャップがあるのではないか、ということだ。
肉体への依存度が高い仕事のやり方では、投入した労働量に対する成果のレバレッジが低いだけではなく、仕事で使う身体の部位が多い。ゆえに万が一健康を害した場合や、欠勤した場合の収入への影響が大きい。
一方で、リモートワークも可能な最近のホワイトカラーの職場では、目、耳、口、指、そして脳が動けば仕事は成立する。またプレゼンで多くの人を動かしたり、作り置いた資料などが持続的に人を動かすなど、生産性も高くなる仕組みが存在する。これらは単純に生産性や賃金の多寡だけではなく、肉体の損傷というリスクに対するレジリエンスの高さ、つまり、高額を稼ぎ、かつ安定もしている、と捉えることができる。
少し前にXで、「年収400万円という額について、『そんなにもらえるの』と思う層と『それしかもらえないの』と捉える層にはっきり分かれる」というような投稿が目立った記憶がある。年収400万の評価は、プレゼン経験の有無(意思決定に関わる仕事か、決まった方針に従って動く仕事か)や肉体への依存性(いわゆるホワイトカラーとブルーカラー)あたりの要素で結構決まるんじゃないかな、というお話でした。
日本は都会と地方の格差が思った以上に進んでいると感じたのが両者の収入に対する感覚の違い。年収400万に対して都会の人が新卒数年目の若手がもらう程度の金額と捉える一方で地方の人は400万なんてどうやったら届くのか全くわからない金額と言ってくる。分断は思っている以上にあるのかもしれません。
— たろ丸 (@tenche1204) 2021年1月6日
↑当該の投稿、これじゃなかったような気がするけどまさにこの内容