プロジェクト・ヘイル・メアリーに端を発する「SFの名作を読もう」という試みの一環で、この記事ではA. ハインライン「宇宙の戦士」の新訳版についての感想をまとめる。
ハインラインはタイムトラベル物の名作「夏への扉」しか読んだことなかった。夏への扉が猫とロリコンの甘酸っぱい恋愛モノ(だったという記憶)なのに対し、宇宙の戦士は泥と血に塗れた歩兵の話だった。ハインライン、幅広い。
舞台設定は、恒星間の規模で異生物との戦いが起こっており、超光速での移動も可能な宇宙戦艦が実戦配備されている設定のお話。ところが物語は、あくまで一歩兵である主人公「ジョニー」の目線でのみ語られ、宇宙船の推進メカニズムや戦争の大局については読者にすら知らされることはない。語られるのは陸軍という組織のメカニズムとその中に組み込まれた人間の振る舞い、そして歩兵の装備品であるパワードスーツについてのみ。
面白いのは、戦争モノであると同時に、志願してから一定の昇進をするまでの、主人公の成長モノであるという点。「規律の整った組織が軟弱者である若者を一人前の大人に育ててゆく」という設定は、もしかしたらこの本以前からあったのかもしれないが、朝鮮戦争後の冷戦下である1959年に初版が発行された本書は、おそらくその後塵に対して大きな影響を与えたのだろう。
さらに興味深いのは、教官との交流や自身の成長を通じて、一見理不尽に見える教官のしごきに合理性を与えている点だ。「フルメタル・ジャケット」ではこうは行かず、最終的にハートマン軍曹は殺される。また、昇進するにあたって自身が部下の生死を左右する、その責任と怖さを伝えているのも、一組織人としては興味深い。
そんなわけで、本書は「歩兵が戦う話」「組織に翻弄される若者の話」と合わせて読むと面白いのだと思います。ぱっと思いつく、合わせて読むと面白そうな本を列挙しておきます。
伊藤計劃「虐殺器官」
最新装備に身を包んだ陸軍兵士が血みどろの戦いを繰り広げる。そこで出会う強烈な出来事によって内省を余儀なくされる…というあたりが似ているかと。
プロイスラー「クラバート」
「規律の整った組織が軟弱者である若者を一人前の大人に育ててゆく」という設定の本で最も好きな物語。軍隊関係なく、水車小屋と魔法が出てくる硬派なファンタジーです。ラストシーンは千と千尋の神隠しに似てる。
映画「セッション」
これほどの鬼軍曹が出てくる映画を他に知らない。
映画「フルメタル・ジャケット」
これはもう類似作品として直接的すぎますね。前半の、新兵のしごきシーンが、「宇宙の戦士」の前半を脳内で映像化するのに役立つかと。