おばあが亡くなった。102歳を間近にした大往生だった。
おばあは、私からみて義理の祖母にあたる。遠方に住む義実家に住んでおり、70歳を超える義両親や義理の妹に介護されながら自宅で暮らしていた。最近施設に預けられることも出てきたが、基本的に100歳近くまで自宅で生活をしていた。
年末くらいから、妻を通じてだんだん弱ってくるのを伝えられていた。年始に帰省した際にはうちの子に対してリアクションすることもあったが、かかりつけ医からはいつ逝ってもおかしくないと診断されていた。
帰省後半月ほど経ち、また義実家から「そろそろやばいかも」という連絡が来て、妻子だけでも帰省するか、という準備をしていた最中にLINEで訃報が伝えられた。自宅で介護の方もいるタイミングだったとのこと。介護の仕事には尊敬するばかり。
私の祖父母はいずれも心筋梗塞と交通事故での突然死だったので、私にとって、死にゆく人を間近で感じる経験というのは新鮮だった*1。なので訃報とその場の写真を仕事中に目にして、少なからずショックを受けた。
私とおばあに深い交流はなかったが、家族想いの義実家の中で、常にみんなから気にかけられていた存在だったことがとても印象に残っている。義両親は共働きで、妻姉妹は祖母であるおばあに育てられたことから、おばあは妻姉妹からも明瞭かつ率直な愛情を受けていた。そんな孫たち世代の初の婿ということで印象に残ったからか、記憶があやふやになる中でも私の顔と名前はちゃんと覚えてくれていた。
ご本人のシニカルな性格もあり、最近の挨拶は「次回まで生きられるかわからん」というようなものだった。妻もここ1年ほどは特に、「おばあに孫の顔を見せる」と言って比較的頻繁に帰省していた。下の子ともよく遊べたし、やることはやった感ある。近年稀に見るレベルで幸せな大往生だったのでは。
下の子はおばあのことをまず覚えていないが、5歳の上の子にとっては今回のイベント含めてこの先の記憶にも残りうるのではと思っている。彼にとって初めての知っている人の遺体との対面が、情緒にどのように影響を与えるのかにも興味がある。
これ以外にもいろいろあり、2025年、のっけから人生が動いている感がすごい。おばあ、妻を育ててくれてありがとうございました。
*1:もう片方の祖父母はいずれも老衰だったが、年齢的にも関係的にもそこまで思い入れがなかった