おとうのオートノミー

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プロジェクト・ヘイル・メアリーのスピン・ドライブを図解してみる

プロジェクト・ヘイル・メアリーがめちゃくちゃ面白かった。

この本の面白さをネタバレ無しで語るのは難しい。ストーリー展開そのものが面白いからだ。ただ、ネタバレなしでも、周辺情報を語ることで面白さを伝えることができるかもしれない。

物語のテンポがめちゃくちゃ良い

プロジェクト・ヘイル・メアリーは現在の「僕」が徐々に過去の記憶を取り戻しながら話が進んでゆく。そのため、現在→過去→現在→過去…の順で細かく節が分かれる。この切り替わりのテンポが良い。現在で少し新たな事実が分かると、それに伴う過去の記憶がヒントになり、というリズム。

ダン・ブラウンダ・ヴィンチ・コード」も同様だった。各節が「続きはCMの後で」的タイミングで終わるので、「この節まで読み終わったら終わろう」と思ってもついついページを繰ってしまう。これは原作と和訳いずれも上手くないとできない芸当だ。

和訳についてはいくつかの誤訳があることも明らかになっており、以下のnoteを合わせて読むと面白い。ただしこの誤訳は物語の勢いの妨げにはなっていない。

note.com

今回、本書を読み終わったあとに1960-70年代のSFの名著も読み返した。いずれも2020年前後に新版の和訳が出ているのだが、非常に冗長なパートが多く、ところどころ読み飛ばしながら読まざるを得なかった。最新の物語は現代人にとって読みやすい構成だから売れるのだ。

出てくるテクノロジーが現代の科学で構成される

物語には非常に広範なテクノロジーの概念が出てくる。ただしいずれもオーパーツ的要素はなくて、現代の技術の延長線上にあるものばかりだ。特異なのはマイクロファージのみ。SFは世界観が本物っぽく作り込まれているほど没頭できるが、この点も本書が優れている点の一つだと思う。

出てくる概念が現代の科学の延長線上のみ、という観点では、「三体」も同様だった。三体の場合には人類が基礎科学の研究を止められたことで、本書の場合には時代設定を現代にすることで、いずれも非常に高いリアリティを描いている。

スピン・ドライブの仕組み

本書に出てくる技術の中で、ちゃんと想像するのが難しい概念として、アストロファージを燃料に利用した超高効率エンジン「スピン・ドライブ」がある。これを図解してみた。

スピン・ドライブ図解

最初に読んだ時は、回転軸は推力発生方向と平行なのかと思っていた。しかし本文をよく読むと、軸方向と推力発生方向は垂直で、上記の姿になる。

スピン・ドライブのサイクル

まず左上のアストロファージ供給エリアにアストロファージを供給する。そこに、透明の回転体内部に組み込まれた装置から弱い赤外線を放射することで、アストロファージが回転体に惹きつけられ、回転体表面にピタッと張り付く。

続いて回転体が120°回転し、アストロファージが張り付いた面がケーシングの切り欠き部分(図の最下部)を向く。ここで赤外線を強めることで、アストロファージが船尾方向に向かってペドロヴァ波長の光を放射する。エンジン(と船体)はこの反力で推力を得る。

最後に、もう一度回転体が120°回転し、スクイージー(何らかの清掃メカニズム)が力を使い果たしたアストロファージの死骸を排出し、同時に回転体の表面を綺麗にする。

スピン・ドライブは大量に取り付けられているため、船体に取り付けられたイメージは次のようになる。

スピン・ドライブが船体についている図
スピン・ドライブの構造上の懸念

あんまり細かいツッコミしてもしょうがないが、図示してみて色々と気になる点はある。

まず、回転体を回転させるメカニズムの耐久性。回転体は、おそらくサーボモーター的な機構で4秒ごとに120°回転される。図を見ると分かるが、スピン・ドライブで発生する推力は、このモーターの回転軸に垂直な方向から加わり、船体に流れていく。回転軸が折れないか心配だ(ケーシング内に回転させる仕組みが組み込まれるのかも?)。

続いてアストロファージの死骸の清掃方法。スピン・ドライブの制御装置である赤外線は、回転体の透明な表面を通して放射される。つまり回転体表面の透明さが、このエンジンの効率に直結する。一方でアストロファージは死ぬとドロドロになる(死に方にもよるのだろうが)ので、これを真空中で綺麗に掃除するのは難しそう。

スピン・ドライブの説明の引用元

「これがスピン・ドライヴです」ディミトリはそういってにっこり微笑んだ。

見かけは特にどうということはなかった。直径二フィート、ほぼ円形で、一部だけまっすぐ切り落としたような形になっていて、そこらじゅうの開口部からセンサーやワイアが出ている。

ディミトリがケーシングの上部をはずした。なかはもっと複雑なことになっていた。ローターの上に透明な三角形のものがのっている。ディミトリがそれを軽く回してみせた。

「わかるかね? スピンする。スピン・ドライヴだ」

「どういう仕組みなんですか?」とぼくはたずねた。

彼は三角形のものを指さした。「これは回転体──高抗張力透明ポリカーボネート製だ。そしてここ」──と回転体とケーシングのあいだの隅のほうを指さす──「ここから燃料が入ってくる。回転体のこの部分のなかにある赤外線エミッターが少量の四・二六ミクロンと一八・三一ミクロンの波長の赤外線を放出する──アストロファージを惹きつける波長だ。するとアストロファージは回転体の表面に移動する。しかし強すぎてはいけない。アストロファージの推力は赤外線の強さに左右される。光が弱ければ、推力も弱くなる。しかしアストロファージが表面にくっつく程度の強さは必要だ」

彼は三角形の回転体を回して、ひとつの角をケーシングのたいらに切り落とされた部分に合わせた。

「一二〇度回転すると、アストロファージがくっついた回転体のこの面が船尾のほうを向く。ここで赤外線を強くすると、アストロファージは非常に興奮して、赤外線の方向へ非常に強い力でこの面を押す! アストロファージの推力が──ペトロヴァ波長の光が──船尾から出ていく。その力が船を前へ押しやる。何百万もの小さなアストロファージが船尾を押して船を動かす、ね?」  

ぼくはかがみこんでじっくりと見た。

「なるほど……これなら船のどの部分も光のブラストの範囲に入ることはないわけか」 「そう、そう!」ディミトリがいった。「アストロファージの力を制御するのは、アストロファージを惹きつける赤外線の明るさのみだ。わたしは非常にたくさん計算して、アストロファージが全エネルギーを四秒で使い果たすようにするのがベストだと判断した。それ以上速くすると、力で回転体が壊れてしまう」  

彼はまた回転体を一二〇度回して、ケーシングの残りの三分の一のほうに向けた。

「ここはクリーニング・エリアだ。スクイージーで回転体についている死んだアストロファージをぬぐい落とす」  

彼はクリーニング・エリアを指さし、燃料エリアを指さし、開口部を指さした。

「三つのエリアはぜんぶ同時に働く。このエリアが死んだアストロファージをぬぐってきれいにしているあいだに燃料エリアはアストロファージを供給し、もう一つの面は船尾方向を向いて推力を供給する。このパイプライン処理で、三角形の船尾のほうを向いている部分はつねに推力を供給していることになる」

アンディ ウィアー. プロジェクト・ヘイル・メアリー 上 (pp.239-241). 株式会社 早川書房. Kindle 版.