おとうのオートノミー

家を建てること、育児のことなど。

当ブログではアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を利用している記事があります

MENU

合理的なプロジェクトとしての家づくり 〜そこに情緒はあるのか〜

「家を建てている」、と知人に話すと、十中八九「楽しみだね!」というようなリアクションが返ってくる。正直リアクションに窮してしまう。楽しみというより、仕事とまではいかないけれど、大規模プロジェクトを淡々と進めている感覚だからだ。

家づくりが楽しみな人って、こんな感じかと。

  • 昔からマイホームを持つことに憧れがある
  • 自分の理想の暮らしが明瞭なビジョンとしてあり、それを実現したいと思っている

しかし、少なくとも今回の私達の家づくりは、その動機から進め方に至るまで、極めて合理的に進めてきた。また、オプションの選択など、課題が生じたらそれを時に金で解決してきた。総じて、施主である我々の情緒をあまり入れないままに進めてきたと思う。

動機が情緒ではなく合理だった

例えば、家づくりの動機が合理的だったというのは、「住みたいエリアで4人家族が満足に住める広さの家を選ぶと、そもそもマンションがほぼないこともあり必然的に戸建てしか選択肢がなかった」ということ。夢のカケラもない。

しかもこれは、上記と相反するもそれはそれで合理的なポリシーである、
家はリセールバリュー考えて築浅の中古マンションなどを選択するのが理想的
そして、
おそらく家族4人が同じ家で住む期間より家の寿命の方が長いので、新築戸建が終の住処になる可能性は低い。つまり将来的に今回建てた建物分の価値が償却され、せめて土地分のみ残った売却をする可能性がある
などとトレードオフした上での選択だった。

もし将来もう一回くらい住居を選ぶ、できれば建てる機会に恵まれたら、そのときは遊びまくった家を建てたい。これが俗に言う「3回目で本当に満足のいく家を建てられる」ということかしら。

今回の経験を反面教師とするならば、次回はどうしたいか、を列挙してみる。

エリア選び:利便性だけでなく住環境で選びたかった

今回は、職住近接を第一優先とし、まず利便性ありきでエリアを絞っていた。子育て中の勤め人にとって、通勤時間が短いのは大正義だからだ。

その結果、アウトドアなどの遊びの面がやややりづらいエリアに住んでいる印象。似た環境の知人の「都会に飽きたので郊外に引っ越す」というコメントにいたく共感した。

ただこれは人生のフェーズ的に、遊び<仕事なので、極めて合理的な判断とも言える。件の知人も、郊外への引っ越しにあたりフルリモート前提の会社への転職を進めているようだ。

今後、人生において仕事の割合を減らしていけることを前提に、次回は遊びが楽しいエリア(山や海に出やすいエリア)に住んでみたい。

土地選び:ベストな物件が出るまで待ちたかった

利便性の良いエリアでの物件選びは激戦で、良い物件に対し即決で決める必要がある。しかも比較的高額な決断だ。また今回は、子供の学区を決める側面もあり、数年単位とはいえタイムリミットがある中でこれを決めなければならなかった。まさに合理的な決断の総体である。

結果、悩みに悩んで消去法的に物件を決めた。物件を選んだあとにも近隣エリアのSUUMOを見る日々が続いたが、正直これ以上の物件が出たとも思えないので、結果的にベストに近い選択だったのかもしれない。ただ、最終的に決める一歩手前で買い逃がした土地が理想に近かったので、次回はこの感覚を大事にしたい。

物件選びで迷走した話はこちらに書いた。

auto-dad.net

壁の色:白一色ではなく遊んでもよかった

今回の家は床は無垢材、壁は白の塗り壁。非常にオーソドックスな色で統一した。無印良品の家、みたいな感じ。

これで全く後悔していないし、今建てる家としてこれ以上の選択はなかったと思うけど、次回はここももう少し遊び要素足したい。多分この人のYouTubeに影響されてる。


www.youtube.com

次回の家づくりに向けて

ここまで書いてきてすっきりしたのは、今建てている家の合理性は、合理性が求められる今の生活からの要求として必然的なものだし、それはそれで満足しているということ。初めての戸建てで、大きな夫婦喧嘩もせずにプロジェクトを進められているのは、この合理性というか言語化の力のおかげでもある。

次回の家づくりの方向性を遊びに寄せたい願望があるというのは、何も家に限った話ではなく、生活の中でより遊びにウエイトを置いた生活に移行していきたいということ。できれば今の家は大事にしたうえで、遊びに特化したセカンドハウスを建てるなどの可能性を模索していきたい。

関連記事です。

auto-dad.net

auto-dad.net